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聞く耳を持てるか

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聞く耳を持てるか。

一般的には、自分の意見に同意してくれないと、聞く耳を持たない人、と言ったりします。

年齢が高くなると、聞けなくなる場合がありますね。

特に”長幼の序”の環境で育った人は、年齢を目上目下のスケールにする傾向があります。

我々の世代の親は、まさにそう言う環境だったろうと思います。

年齢が高くなって、聞けなくなる場合のもう一つは、考えるのが面倒臭い、です。

判断がおぼつかないので、今は聞きたくない、面倒臭い、と思うことです。

最近の私はこの傾向が顕著で、あれこれ言われるのが面倒になります。

『もう、あれこれいわんでよか、せからしかー』と思って二階へ逃げ込みます。

そうしてブログを書きながら平穏を取り戻すんですね。

ブログを楽しく書くと、良いですよ。

自分の気持ちを文字に残すと、いろいろ気づくことが出てきます。

特に年配者の皆さんいかがですかね、ブログを書いてみては・・。

 

聞く耳を持たないは、意見の対立の構造のひとつですね。

しかし民主主義の社会ですから、あなたの意見には賛同できないが、あなたが言いたいことを言う権利は尊重する、の精神は必要だと思います。

与党と野党、親と子の関係。

 

そういえば娘がぐれてしまう内容のTV番組が注目を浴びました。

もう随分前ですけど、、、。

タイトルは何だったか、思い出すのに時間がかかりましたが、積み木崩しでした。

壮絶な問題作でしたね。

ちょっと私のところとはかけ離れた問題だったけど、そう言うリスクはどこにでもありますから。

思いもよらないこと、ってたまにあるし。

あの親子の間は、絶望的な聞く耳を持たない事例でした。

 

今回考えてみたのは、その普遍的な課題ではなくて、自分自身が30年前の自分に忠告するとすれば、という、ありえない仮定の場面です。

しかし、この答えは案外簡単です。

自分が自分に対してと言うところを中心に考えれば、普段やっていることにつながるんですよね。

30年のスパンが非現実的でありえないし、考えにくくさせているのかもしれません。

自分自身が自分に忠告するということですから、自分なりに分かった、理解した、と言うことになるんです。

あの時こうしていれば良かった、と後悔するのもそのひとつかもしれません。

人の行動は、意識的であろうと無意識だろうと、自分自身の理解・経験の上に成り立っていますから。

30年後に成長しているのか、変化しただけなのかはわかりませんが、まあこの場合は、聞く耳を持てるかどうか、ということより、理解の中身に注目すべきだろうと思います。

 

と言うわけで、良い機会なので、一般的な自分自身以外の関係性での、聞く耳を持てるか、について考えてみました。

聞く耳を持てるかどうかは、その人との関係性が大きいと思います。

  1. 私はあの人を尊敬している。あの人の言うことだから正しい。
  2. あの人とは普段から意見が合わないから、戯言だと思う。
  3. 正しいとは思うが、あの人の意見は聞きたくない(プライドが高い)。
  4. そもそも、あの人の話には興味がない。
  5. あの人は私のことを非難しているのだ(過剰反応、思い込み)。

つらつらと書きましたが、他にもありますか?

 

過剰反応は攻撃的になりますが、これは自分に自信がないことの裏返しではないですかね。

自分を肯定する感情が乏しいと、過剰に反応して、自己防御が働きますね。

プライドが高い人は、今風に言うと、マウントを取りたがる人。

上から目線だと話はできるが、フラットな関わりだとダメなんですね。

自分の意見に固執してしまい、人の意見を否定します。

私に意見するな、と心の中で思っている、といった具合です。

 

人の感情は一定ではないので、普段はそうでも、ある時はそうなってしまうかもしれません。

ストレスがかかっている時は、聞きづらい状態かもしれません。

逆に人の意見にすがりたいと思うかもしれません。

無駄なコンプレックスが要因の場合もあるでしょう。

耳障りの悪い話は、嫌なものです。

図星で指摘されると、グサっとくる、とか表現しますよね。

それでイラついて感情的になってしまう人もいるでしょう。

 

聞く耳を持てるか、の命題を提供してくれた○○さん、ありがとうございました。

おかげさまで考察を深めることができました。

コメントを頂くと、ほんと、いろんなことに気づかされます。

謝謝!!